▶子どものころに夢中になったホンチ遊び

私は、昭和22年寺前東町(寺前2丁目)で生まれ、子ども時代を過ごしました。私の小さい頃は、乙とも海岸と呼ばれた小柴から平潟湾口まで、松林がきれいな自然の海岸線が残っていて海水浴のメッカでした。(金沢区寺前出身 関東雄)

現在、金沢の花火大会は、毎年8月の最後の土曜日に海の公園で行われますが、当時は平潟湾内で行われていました。大輪の打ち上げ花火の後は、仕掛け花火もあり、お馴染みの金鳥蚊取り線香やナイアガラの滝がエンディングでした。

洲崎町の平潟湾沿いの瀬戸神社近くに武蔵屋という和菓子屋さんがありました。酒まんじゅうと八景せんべいが名物でした。八景せんべいは二つ折りの味噌せんべいで、せんべいの一つ一つに八景の焼き印が押されていました。老舗の和菓子屋でしたが今はありません。毎年その武蔵屋の2階に親戚等が集まり、目の前で打ち上げられる花火を見るのが楽しみでした。

私の通っていた文庫小学校の近くに、当時、八景園というホテルがありました。部屋の一部は、横須賀米軍の高級将校の家族の宿舎にもなっており、私たちは時々敷地内に侵入しては、米人の子ども達と喧嘩をしてました。彼等はすぐにナイフを振り回すので、すぐに逃げました。また、ゴルフの練習場があり、敷地外に落ちているボールを拾って届けると1球に付き、いくらかの小遣い稼ぎにもなりました。

この八景園は、もともと大橋新太郎の別荘で後に西武鉄道が大遊園地構想のために買い取りました。大橋新太郎は今の共同印刷の前身である博文館のオーナーで泥亀新田を買い取り金沢文庫の再建にも貢献した人物で、金沢を語るときに欠かせない有力者の一人です。大金持ちのダイヤモンドにつられて恋人の貫一を裏切り、それを知った貫一に熱海の海岸の松ノ木の下でお宮が足蹴にされる尾崎紅葉の金色夜叉の話は有名ですが、その大金持ちとお宮のモデルが、大橋新太郎とその妻です。

乙とも海岸が埋め立てられる前の話ですが、40年程昔の夏の夜に海の中をアセチレンランプを持った人たちで大賑わいになった時期がありました。カーバイドに水を入れて光らせるアセチレンランプは、懐中電灯より遥かに明るくて縁日の屋台等でも使用していたのです。 毎晩の様にモリをタモ竿の後ろにつけたた道具と、ランプを持って海の中を夜中まで歩き回っていました。

ワタリガニ、カレイ、芝エビなどその日によって収穫できるものが違います。芝エビが採れる頃は、私たち家族が全員で参加しました。ランプの光で目が赤く光るえびを追い掛けると海面に浮上してジャンプします。そのタイミングでタモを上からかぶせて捕まえるのですが、えびを追い掛ける人たちの声で海は大騒ぎでした。

私の学生時代は、小柴の底引き網でタイラガイやホタテ、ミル貝などが捕れていました。それらの貝は、江戸前の高級貝として市場には出さず、直接料亭に卸していたそうです。漁港には、東京の高級料亭からの仕立て便のトラックが毎朝列をなしていたそうです。運転手は自前の出刃包丁を持参して、漁港で手に入る新鮮な魚介類をその場で刺身にして食べていたということです。シャコもたくさん捕れていたころで、シャコは腐りやすいので船からあげるとその場で茹でていました。

小さい頃は、ホンチ遊びをよくやりました。春先から5月いっぱいの間マサキやツツジの葉の上によく見かけられるのが、ネコハエトリ蜘蛛、通称ホンチです。昭和30年頃、このオスを捕まえて育て戦わせる遊びが横浜南部を中心に大ブームになりました。マッチ箱大で中箱が2つに仕切られ、観察用のガラス板が添付されていた飼育箱を購入し、エサを与えて大切に育てます。このホンチを飼う箱は、近くの駄菓子屋に売っていました。

小さな板の上に乗せてどちらかが逃げ出すまで戦わせるのですが、前足2本を二刀流の剣の様に振りかざして組合う戦い方が格好よくて夢中になりました。バラの葉にいるバラポンと称するホンチが一番強いと言われ、頭に白い模様がついたカンタは別種の様で、すぐに相手を殺してしまうため反則扱いでした。

ホンチとは別に、木の根元等から地中に巣を作るジグモもまた良き遊び相手でした。地上に飛び出ている袋の端を静かに引き上げ、底にいるのを捕まえます。ジグモの戦いは牙を相手の腹に突き刺す殺し合いで、育てる楽しみもなく、あまり人気はありませんでした。

私は、現在は保土ケ谷に住んでいて、月に何回か実家のある金沢に通う身ですが、この歴史と自然のある金沢が大好きです。金沢の自然と文化によって育てられた子ども時代の楽しい思い出は宝物です。今は平安時代からその名勝がたたえられた金沢八景の面影はなくなってしまいましたが、残された海岸や湾、島、侍従川などの自然や歴史的な史跡は他の町に負けません。

これからも金沢の自然や文化を大切に守り育てて、たくさんの楽しい思い出を育んでください。大人になってから、きっとすばらしい財産になりますよ。

◆ ◆ ◆ おまけ ◆ ◆ ◆ 

【机の上のホンチのハンティング】
私が京橋の事務所に通っていた頃のお話です。小さな雑居ビルで下の階に焼き鳥屋が入っていることもあり、よくゴキブリがはい回っていました。ある日、仕事をしている机の上の書類近くに、その嫌らしい虫が近づいて来たので払おうとすると、書類の山の上の方に蜘蛛がいて、その虫を狙っていることに気づきました。ハエトリ蜘蛛(ホンチ)のハンティングです。仕事も忘れて、そのハンティングに見入ってしまいました。

体調2センチ程の小さなゴキブリですが、その蜘蛛にとっては数倍の大きさ。距離は獲物の進行方向上部斜め前方約30センチ、相手の前進に合わせて少しずつその距離を詰めていきます。獲物はゆっくり歩きながら警戒のため立ち止まります。ハンターは、相手をうかがいながら、その間5センチになるまでツツーと距離を縮めていきます。獲物が通り過ぎたその瞬間、後部から飛びつき剣を刺して、しっかりと獲物を抱え込むとあっという間に引き揚げたのです。その間10分程、ハンティングの邪魔にならないよう身じろぎもできませんでした。目の前の机の上で行われた狩りを体験しました。こんな所にも弱肉強食の厳しい世界があることに驚かされました。

家の中でも、よく蜘蛛を見かけます。でも、その姿形がグロテスクなので嫌いな人って多いですね。ホンチは小さくてかわいいのですが、家の天井などを這っている体長10センチもある通称イエグモ(アシダカ蜘蛛)は、大きくて気持ちが悪く嫌われています。所々に抜け殻が落ちていたり、ほうきなどで叩くと足がとれて残っていたりして・・・。でも彼らはゴキブリをエサにしている益虫なんです。(人間が勝手に決めた益虫、害虫という言葉は、好きではないのですが・・・。)注意して観察してみると身の回りにいる蜘蛛たちも一生懸命に生きていることに気づかされます。

※関東雄さんは、金沢文庫の初代館長で「かねさは物語」の筆者でもある関靖さんのお孫さんです。古くからのメル友(大先輩に失礼ですが・・・)で、7年くらい前にホンチについて執筆していただいたものを転載いたしました。(2020年7月13日 廣瀬)

▶子どものころに夢中になったホンチ遊び” に対して1件のコメントがあります。

  1. 千葉すみえ より:

    Tiktok でやり取りしているシンガポールの
    方の動画に子どもの頃に遊んだ遊びとして、蜘蛛の闘いがあり、その様子が、横浜の中区で昭和30年代に遊んでいたほんちとそっくりでした。
    この遊びが二つの国で同じ頃に遊ばれていたことに不思議な感動を覚えて、ほんちをご存知の皆さんにもとコメントを書かせていただきました。
    https://vt.tiktok.com/ZSFAKnkvF/

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