▶シニアのためのスマホ超入門講座「第4話 スマホはひとりの若者の夢想から始まった」

第4話 スマホはひとりの若者の夢想から始まった

1976年4月、カリフオルニアに住む21歳のスティーブ・ジョブズは、友人でエンジニアのスティーブ・ウォズニアックと自宅のガレージでアップルコンピュータという小さな会社を始めました。中古のフオルクスワーゲンとヒューレット・パッカードの関数電卓を売った1,350ドルが資本金の豆粒のような会社でした。この会社が、四十年後に時価総額世界一の大企業になるとは誰も想像できませんでした。ジョブズが命名したと言われるアップルという会社の名前の由来は、ニュートンの林檎からヒントを得たとか、無類の林檎好きだったからとか、言われています。(廣瀬)

彼は、1960年代にアメリカの西海岸で流行っていたヒッピー文化カウンターカルチャーの影響を受け、髪の毛やヒゲが伸び放題という風体で、何日も洗濯をしていない汗臭いTシャツやGパンで出社したり、オフィスを裸足で歩き回ったりするような少し変わった若者でした。癇癪持ちで、自分の意見が会議で通らないと激怒して椅子を蹴飛ばして出ていくようなことが良くありました。

学生時代にインドを放浪した経験があり、東洋へのあこがれが強くて日本の僧侶が運営する曹洞宗の仏教寺院にも頻繁に出入りしていました。ジョブズが作ったマックやiPhoneのデザインがシンプルで美しく、日本庭園や茶器のように清楚な印象を与えるのは、日本の禅の思想が背景にあると考えられています。

ジョブズは、まだ、パソコンという名前もないコンピュータに大きな夢を持っていました。彼がよく言っていたのは、パソコンと自転車のアナロジーでした。自転車に乗ることで、人が行動範囲をずっと広げることができたように、パソコンは人が考える能力を飛躍的に拡大する装置だと考えていました。パソコンが一部のエンジニアだけではなくて、自転車のように誰でも使えるようになる世界を夢見ていました。The Computer for the Rest of Us.これもジョブズの口癖でした。万人が使えるコンピュータとは何か、ジョブズは、それを、ずっと考えていたのです。将来、パソコンは、人類の進歩に貢献する知的自転車になると信じていました。

1980年に、ジョブズは、コンピュータサイエンスについての最先端の研究を行っていたコピー機で有名なゼロックス社のパロアルト研究所で「 Alto (アルト) 」という全く新しいタイプのコンピュータに出会いました。そのコンピュータには、今ではありふれたものですが、入力装置としてマウスと呼ばれるボタンが付いた小さな箱が使われていました。机の上でマウスを動かすと画面の矢印が動き、それを対象物に合わせてボタンを押すと、四角い窓が飛び出してプログラムが動き出すという斬新なシステムでした。AltoはSmallTalkという特殊な言語を搭載してエンジニア向けのコンピュータ「Star」として商品化されましたが、一般の人の目に留まることはありませんでした。

当時、普及していたIBM‐PCというパソコンにはMS-DOSというテキストベースのOSが使われていました。黒地の画面に白い文字が表示され、キーボードから呪文のような命令文を打ち込んでプログラムを起動するという使いにくいものでした。この使い勝手に比べたらマウスは画期的なものでした。

ジョブズは、指先で対象をつまんでコンピュータをコントロールするこの作法が将来のパソコンの標準になると直感しました。

アップルの技術者たちは、「Alto」のマウスの技術を取りいれて、l984年に今のiMacやMacBookの先祖である「マッキントッシュ(Macintosh)」を開発しました。愛称マックは、全世界に大きな衝撃を与えました。ジョブズは、当時の普通のパソコンが机の上を占領するような大きさであった時代に、マックは電話機の大きさにしろと設計者に言ったそうです。彼は言い出したら誰も止めることは出来ない頑固な一面を持っていました。

マイクロソフトのビル・ゲイツも、アップルからの依頼を受けて最初の表計算ソフト「エクセル」をマックのために開発したとき、この視覚的なOSに魅了されました。それ以降、ゲイツが率いるマイクロソフトは、マックとそっくりなWindowsの開発に資源を投入しました。マックと同じような操作ができる安価なWindowsパソコンが製品化されると、アップルは市場を奪われ経営不振に陥りました。

ジョブズは、1985年に業績悪化の経営責任を取らされるという形でアップルを解雇されました。アップルを辞めたジョブズは、NeXT(ネクスト)というコンピュータ会社やトイストーリで有名なピクサーアニメーションスタジオという会社を起業しましたが、アップルとは距離を置いた活動をしていました。

1995年に、Windows95が開発されて爆発的に普及するとアップルの経営不振は、より深刻なものになりました。アップルは、起死回生を狙って、一度クビにしたジョブズを呼び戻しました。1998年、アップルに復帰したジョブズは、Think Diffrentという大々的な広告キャンペーンを打ち、全く新しいコンセプトのiMacを発表しました。これは、イ ンターネットに簡単に接続でき、オールインワン、斬新なデザイン、高性能、キュートと言った初期のマックを彷彿させる、パソコンのイメージを180度変えてしまう画期的な製品でした。発売されると、歴史に残る記録的な売り上げとなりました。

2000年に入ると、ジョブズは、iPodというポータブルオーディオプレーヤをヒットさせました。これは、ソニーのウォークマンのパソコン版で、小さな名刺入れくらいの装置の中に何千曲もの音楽が格納できました。iPodのインターフェースは、指先でホイールをくるくる回して選曲できるというものでした。

ジョブズが戻る前にアップルは、画面を電子ペンでなぞって操作できるニュートンという小型のコンピュータを作っていました。一部のマニアには支持されていましたが、販売台数が伸びず失敗プロジェクトとして烙印が貼られていました。ジョブズは、ニュートンのようにキーボードやマウスを用いずタッチスクリーンで操作できるアイデアに興味を持っていましたが、普及させるためには電子ペンが邪魔だと考えていました。

2005年、アップルは、画面に指で触れると発生する微弱な電流、つまり静電容量の変化をセンサーで感知し、タッチした位置を把握できる技術を開発していたFingerWorksという小さな会社を買収しました。二本の指で写真などを拡大縮小ができるマルチタッチの技術も含まれていました。ジョブズは、携帯電話へ、この技術を実装するアイディアを思いつき、極秘に開発を進めました。

2007年に電話機、オーディオプレーヤ、ビデオカメラ、メール、SNSの発信機能など、パソコンでできる、ほとんどの機能を取り込んだiPhoneを製品化しました。発売当時、ジョブズは、これは携帯電話ではない、全く新しい電話機を新しく発明したのだ、と言いました。キーボードもマウスも無駄なものは、すべてそぎ落としたシンプルな石板のようなPhoneは、まさに彼が理想とする禅の思想を具現化したものでした。

iPhoneは、30年も前に考えた指先で対象をつまんでコンピュータをコントロールするアイデアを、この小さな製品に組み込んだものでした。iPhoneの大きさは、手のひらに収まるサイズにして片手で操作できるように作れと、またしても、設計者に無理難題を出していたそうです。しかし、出来上がったiPhoneの完成度は高く、一気に携帯電話の市場を独占しました。その後、GoogleがAndroidというOSを開発してスマホの市場は爆発的に拡大しました。

インターネットが普及するまでに30年かかりましたが、パソコンが進化してスマホが普及するまでにも、同じくらいの年月がかかっていたのです。

スティーブ・ジョブズは、ライフワークとも言えるiPhoneの開発を終えた4年後の2011年に56歳という若さで膵臓ガンで亡くなりました。ジョブズがいなかったら、パソコンは、未だに頭が痛くなるような複雑な操作のままで、このような使いやすいスマホも存在していなかったのではないでしょうか。今では、iPhoneの人工知能Siriに聞くと色々なことを教えてくれます。iPhoneは、ジョブズの予言通り、まさに知的自転車になりました。iPhoneを触るといつもパソコン開発の渦中にいた変人で頑固な同い年のジョブズのことを思い出します。

【シニアのためのスマホ超入門講座】
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  1. 変人で頑固な同い年のジョブズ
    ・・・貴兄はジョブズと同い年だったのですね。
    お蔭様で久しぶりにスタンフォード大学卒業式で行ったジョブズの記念講演を一気に読みました。

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